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星瞬きし空の下で 第一話 Eパート [星瞬きし空の下で]

 アニメや漫画じゃないんだから、そうは思うものの、事実は小説よりも奇なりともいうし、なんてことばかり頭の中を駆け巡って、とてもまともな答えなど、でてきそうになかった。
「どうした、起きたのか?」
 二階の騒ぎに気づいたのだろう、隆之と奏が階段を上がってきた。
「彼、どこの誰だって?」
 奏は、当然すぐに判明したものとしてそう聞いたはずだった。
「それが、……思い出せないんだって」
 二人ともその場で固まってしまう、身元判明のための唯一の手がかりも失われたからだ。

「こうなると、可能性として高いのはどこかの組織の人間という線か?」
 当然といえば当然だが、霊力を用いて混乱を起こそうという人間たちもいる。
「そんなの、まだわからないじゃない」
 桜にしては珍しく、強い否定だった。
「それはそうだ。父さんだって彼を悪人にしたいわけじゃないし、記憶を失っている以上、お前が話していたような気性が、彼の本来のものだろう。ならば、あの性格でそれが出来るとは思えないしな」
「うん」
「だがこれだけの霊力をもっていて、組合どころか戸籍にも名前がないとなればな。気には留めておく必要がある」
 そんなことはわかっていた。だが、桜はそれを認めたくはなかった。
 そのとき、ゆっくりと階段を下りる音が聞こえてきた。
「とりあえず、この話は本人には内緒にしておきましょう。たとえそうでもそうでなくても、彼ならまだどうとでも変われるはずだから」
 三人はうなずきあい、そして桜が立ち上がり、居間へと少年を招きいれた。
「すいません、見ず知らずの俺にこんなによくしてくださったのに、名乗ることさえ出来なくて」
「いや、構わないよ。この未熟娘を助けてくれたんだ、このくらいはさせてもらう。それより、もういいのか」
 少年は静かにうなずいた。
「何の御礼も出来ないですけど、お世話になりました」
さらに、少年はそう続けてきびすを返した、しかし、そのとき呼び止める声が聞こえた。
「ねえ、行くあてはあるの?」
 桜のその声に、少年は振り返った。
「記憶がないんだぞ、あると思うのかよ?」
 桜の目を見て答えるその顔には、自嘲的な笑みが浮かんでいる。あきらかなミスに桜はすぐに謝った。
「ごめん、そうだよね」
「いや、気にするな。もう会うこともないだろうしな」
 そう言うと、少年は再び背を向け振り向くこともせずに出て行こうとする。とはいえ、行く当てもない人間を、このまま見送っていいものだろうか。流石に、それが出来るほど冷徹にはなれなかった。
 桜は二人の顔を見た、でも心配することもなくその顔は、お前の思うとおりにしろと言ってくれていた。
「ねえ、行くあて……ないんだよね? しばらく家にいてくれない?」
「そうする理由がない」
 軽く振り返ってそれだけいうと、少年は再び背を向ける。だが、桜もそれぐらいでは引き下がらない。
「そうしない理由も、ないんじゃないかな?」
「それは……」
 少年の動きがようやく止まる。脈はあるそう判断した、桜はさらに続けた。
「私、助けてもらったから。そのお礼もしたいし、なによりそんな状態で送り出したくない。……だから、ね」
 桜の言葉には、裏のようなものは感じられない。
「そうか、なら、そうさせてもらってもいいですか。かっこつけて出て行って野垂れ死にじゃあ、洒落になりませんから」
 桜は微笑んで少年を見つめる。そのかわいらしさに、少年はなんとも言えない雰囲気で、気圧されたようになってしまう。図らずも見つめあう形になってしまったが、桜はなぜかすぐに困ったような顔になって、少年に話しかけた。
「ねえ、名前どうしようか」
「そうね、ずっといてもらうなら、名無しのままって訳にはね」
 三人の目が、一斉に少年に集中する。どうも勝手に決められる前に、自己主張したいことはあるかということらしいが、突然では浮かぶものも浮かばない。
「突然そんな目で見られても、な。それに、こういうときに自分でつけても、ろくなもんにならないからな。そっちで決めてくれていい」
 正直、自分たちで考えたくないと思っていたのだが、そう言われてはどうしようもなかった。

「まだ決まらないのか、……もう小一時間経つぞ」
 いくつか案が出ていて、その中で決めかねていると言うならまだいい。しかし、一つの案も出ていないのではそういいたくもなろうと言うものだ。仕方なく、自分で考えたものを提案しようとしたとき、桜が顔を上げて口を開いた。
「霧原誠也ってどうかな。ミストの霧に、はらっぱの原、誠実の誠に也って書いて。いいよね、お父さんたちも浮かんでないみたいだし」
「ああ、彼がいいなら」
 そう言われて、桜は少年のほうへと向き直り、いいよねというような瞳で微笑みかけた。最初こそ、その瞳を見つめていられたものの、すぐに見ていられなくなって顔をそらしてしまう。
「いいんじゃないか、いい名前だと思う」
 なんとか、同様に気づかれる前に間に合ったらしい。特に触れられることもなかった。
「ありがと、じゃあこれで決まりだね。誠也」
 見つめられただけにとどまらず、いきなりの呼び捨てにも、動揺する誠也だったが、桜のほうはまったく意に介していない。まぁ、自分で考えた名前に敬称をつけて呼ぶのもなにか違和感があるかと思いなおすと、動揺していた自分が馬鹿みたいで、誠也はただ、ああとだけ答えた。


 第一話・了
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